ミロのヴィーナス

ステイホームのGWが終わりました。

皆様、いかがお過ごしでしょうか?

私はステイホームでもなぜかバタバタ。
やることが山のように湧き出てきて
あっという間に終わりました。

GWって4月の新年度から怒涛の勢いで頑張って、
「疲れを癒やすためのご褒美」みたいな期間だったけれど、
今年はぬるっと来て、ぬるっと去っていった、
そんなGWでした。

さて、ついこの間、やっっっとネットが整った環境で
親友とLINEビデオをし、近況諸々を話しました。

実際に会えないけれど、動画で動いている相手を見られるだけでほっとします。

先のブログにも書きましたが、
新年度をまたいで私には色々転機になる出来事もあったので

「今までの事が嘘だったみたいに、良い事(私の中ではとてつもなくラッキーな出来事の話)
があったじゃない?エイプリルフールって言われるくらいに!
なんか、これから私何かを失うのかな…。
それとももはや何か失ったから良い事があったのかな?」

と言ったら

親友は高校の時の懐かし話をしてくれました。

彼女とは地元の高校に入学する前からの付き合い。
私の高校時代のネタは彼女はいっぱい持っています!笑

進学校だったので、とにかく勉強の量が半端ないのですが
彼女は「現代文」の中に、ミロのヴィーナスを題材にした文章があった話をしてくれました。

少しだけかいつまんでみると…

皆さん、パリのルーブル美術館にある、ミロのヴィーナスってご存知ですよね?

私も初めて見た時、わー!資料集に載ってるやつー!と
どうでも良い浅い感想と共に
その展示方法に驚きました。

パリの美術館の彫刻やオブジェは、何か箱に入ってロープなどで括っておらず
ドーンとそのまま展示してあります。

触ろうと思えば、触れてしまうくらい。
(いや、だからって触ってないですよ!!)

なので、正面から、横から、背後から、斜めから
色んな角度から鑑賞することが出来ます。

本物との垣根を敢えて作らないところ、海外って本当にすごいです。

話しを戻しますが…
ご存知の通り、ミロのヴィーナスは両腕がありません。
無い状態で発掘されたそうです。
その両腕は、元々どういう形だったのか、という
現代文だったような気がします。

皆さん、どう思いますか?

あのミロのヴィーナスの両腕って元々どんな形だったのでしょう。

教科書には、ルーブルでの展示のように
様々な角度から分析された図が載っていたようにも思います。

手を組んでる?
何かを持っている?
時代的に武器(矢)を持ってる?
リンゴを持ってたり?
まさかのピースサイン?
…。

結局、淡い記憶なのですが
文書の結末としては
ミロのヴィーナスは、両腕が無い今の状態が一番美しい、のだそうです。
芸術的な比率?なども完璧で、
失っているからこそ美しい。

これが少しでも手が残っていたり、逆に欠けている部分があると
その比率が狂ってしまうそうなのです。

その形だからこそ、美しい、人々から愛されるのだ、という。

つまり、
失っていると思っていても、それは同時に得ていたことと一緒なんだ!

というオチ。

そのオチを親友は私に話してくれました。

なんて深い…。

「だから、由起ちゃんがダメだなあ、辛いなあと思っていた長い時期は
実は何も失っていたり無い状態じゃなかったんじゃない?」

という彼女。

なんていい友人なんですか!!

同時に、勉強量が半端なくて、
もう勉強なんて嫌いだ――!と思っていた高校時代の淡い記憶が蘇り、
まあ、こういう人生経験と照らし合わせる機会が来るんだから
若者たち、こんな状況だけど、勉強頑張ろう!と伝えたいです。

今は世界中大変な状況ですが
失っていることは同時に何かを得ていることと一緒なのかも知れないですね。

もう5月に突入。
ああ、羽毛布団じゃ暑いなー、クールタオルケットにしようと、
半袖とヒンヤリタオルケットを用意した途端に寒くなり、
また毛布を引っ張り出す、という日々ですが
季節はどんどん変わっていきます。

自然の移ろいに気持ちを委ねながら
あと少し。皆さん頑張りましょうね!!

2件のコメント

    1. Tammyさま

      本当だね、気づかせてくれてありがとう!
      なかなか渦中にいると気づけないけど
      全てはバランスが取れてるのかも知れないよね・・・
      起きる事象全てに。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

PAGE TOP